岡目八目
(2)何度も読み返した著書 宝物
(寄稿連載 2015/03/10読売新聞掲載)呉清源先生は囲碁をたしなむすべての人にとって神様のような存在です。中国黒竜江省で育った私は、中学3年で囲碁と出会い、所属していた卓球部を退部したほど、その魅力にとりつかれてしまいました。初めて手にした囲碁の本も先生のものでした。黒の布石、白の布石、定石の要領などと題された5冊のシリーズ本です。
当時、中国では碁盤や碁石、そして囲碁の本、どれもとても貴重でした。何度も読み返し、すっかりボロボロになってしまいましたが、いまも大切な宝物です。
先生が戦後初めて中国へ帰られたのは1985年でした。囲碁の全国団体戦の会場に現れ、「四方風動」の書をしたためられました。私は横からそっとのぞき込みました。まさに詩経の「高山仰止、景行行止」の心境、偉人を仰ぎ見る思いでした。これが先生との出会いであり、始まりです。
89年、私は日本へ参りました。そして93年5月、ゼイ廼偉さんら3人の中国女流棋士とともに、初めて東京・四谷にあった先生のお宅に伺いました。先生は、自ら書かれた棋譜を1枚ずつ下さいました。そしてそれぞれの棋譜の解説もして下さいました。この日のことは昨日のことのように思い出すことができます。憧れであった呉先生との感動に満ちた一日でした。
その後、先生の助手として、新聞や雑誌、単行本、ビデオ講座など様々にお手伝いさせていただき、あっという間に20年余りが過ぎて行きました。先生とともに過ごした日々は、私の生涯の中でも学ぶことの多い貴重で幸せな時間でした。
(中国囲棋協会五段)