岡目八目
(4)今も宇宙を碁盤に、星を碁石に
(寄稿連載 2015/03/24読売新聞掲載)2005年3月、呉清源先生と北京におりました。先生が応氏杯世界プロ選手権戦の審判長として招待されたのです。
先生が子ども時代を過ごした住居を訪ねました。中国の伝統家屋「四合院(しごういん)」が、来日するまで14年間住んでいらっしゃった故居です。先生は、ご自分の部屋の前に立って「私は4歳から8歳までこの部屋で『四書五経』を夜中12時まで暗記させられました。8歳以降は棋譜を並べる毎日でした」と教えて下さいました。先生の次兄、呉炎さんの著書「捕風捉影」では「自ら好んで毎日十数時間も碁盤にむかい、三度の食事も声をかけられるまで忘れ、夜はもう遅いからと注意されるまで床に就くことがなかった」「重い棋書を持ち続けていたので左手の指が変形してしまった」と呉少年を描写しています。疲れると書物と碁石を反対の手に持ち替えていたとのことで、私が先生と出会った後も、右手と左手を同時に動かして自在に碁石を並べておられました。
先生のお好きな言葉に「自強不息」があります。出典は易経で、「自らすすんで努力し、励んで怠らない」との意味です。先生は「我見、私情で努力するということが自強ではありません」と説き、「人も天にならって努めてやすまず精進することが大切です」とおっしゃっていました。
私には、この言葉は囲碁の真理の追求のために精進してやまなかった先生のお姿の写実そのものに思えます。生涯を囲碁に捧(ささ)げた呉清源先生が、今も宇宙を碁盤、星を碁石として囲碁と共にあることを、私はそっと想像するのです。
(中国囲棋協会五段)(おわり)