岡目八目

牛力力さん

牛力力さん

(3)最善の一手を求めた生涯

(寄稿連載 2015/03/17読売新聞掲載)

 呉清源先生は1984年に引退され、対局からは遠ざかりましたが、囲碁の研究はその後も変わりなく生涯にわたって続けられました。

 1990年代前半、先生は部分にとらわれず全体の調和を重視する「二十一世紀の碁」を提唱し、その研究成果をビデオ講座としてまとめました。その講座を収録した1週間後、ちょうど月2回開かれていた、先生のご自宅での研究会の日だったのですが、「力力さん、ちょっと」と碁盤の前に呼ばれました。

 先生は黙々と石を並べ始めました。そのうち、私はそれが先日収録したばかりの棋譜であることを思い出しました。先生はふっと顔を上げて、「力力さん、ここにはこういう手もありましたよ」と話し、ビデオ収録後に研究した変化図を並べて下さいました。

 先生は以前、「研究会で教えたことが間違っていたことに気付き、夜半目覚めることもしばしばです。よりよい手が発見されると、次の研究会で訂正します」と話し、実際にそのようにしていらっしゃいました。

 真理を尊び、最善の一手を追求するために毎日精進されている先生であるからこそ、以前の研究とは異なった好手、新手を次々に見いだすことができたのです。

 プロ棋士のみならず、アマチュアにも丁寧に説明して下さるのもまた、先生ならではの仁徳と言えましょう。

 論語に「学而不厭、誨人不倦(学びていとわず、人をおしえてうまず)」という言葉があります。熱心に学び、人に教えて怠らない。まさに呉清源先生を体現した言葉と思えます。

(中国囲棋協会五段)