岡目八目
(3)碁に勝つため孤高を貫く
(寄稿連載 2011/08/09読売新聞掲載)坂田はよく「孤高の棋士」と評されました。私の目から見てもそのとおりだったと思います。
他の棋士の方々と食事やお酒を共にしたり、ゴルフを楽しんだりすることは、よほどの事情がない限りはありません。「棋士仲間」という言葉があるそうですが、坂田にとっては最も縁遠い言葉だったと言えるでしょう。
なぜそこまで徹底して孤高を貫いたのか――。いつだったか、「棋士との間に仲間意識が芽生えてしまうと、いざという時に甘さが出てしまう」と言っていたことを思い出します。また「自分は身体も精神も弱かったので、意識的に性格を変えた。人から何と言われようと、僕は碁に勝てなければ何の価値もない人間だから」ということも。
素顔の坂田は、ナイーブで優しくて、気遣いもできる少年のような純粋な心を持った人でした。若い頃はそうした優しい心が、勝負の面でマイナスに出てしまったこともあったのでしょう。それで自らを孤独に追い込み、しった激励し、少なくとも碁に関する部分では、性格を変えていったのだと思います。
必然的に、家族や友人を寄せ付けない要素もありました。対局前になると、私でさえ容易に声をかけられない。その点は我が家の犬たちも敏感に察知して、普段は坂田にじゃれついて甘えているのに、対局前になるとまったく寄り付かなくなるんです。そうしたピリピリ感は、それはそれは張り詰めたものでした。
すべては碁に勝つため。それを生涯貫き通したところに、坂田の真の偉大さがあったのではないでしょうか。
(坂田栄男二十三世本因坊夫人)(おわり)