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岡目八目

読売新聞 2007/07/23掲載
知念かおりさん

(1)宮古島の子ども時代と碁の記憶(寄稿連載)

 ◇ちねん・かおり
 小さな子が碁を楽しんでいるのを見ると、なぜかうれしくなります。自分の子どものころと重なるからでしょうか。子どものときは、プロになるなんて思いもしないで、ただ碁を打っているのが好きなだけでした。プロという存在があることも知りませんでした。
 そんな私の子ども時代を振り返りながら、現在の棋士として母親としての姿を書いてみたいと思います。碁を打つ子どもたちと親御さんに、何かお伝えできたらいいのですが。
 私は沖縄の宮古島で、子ども時代を過ごしました。そろばん教室に行ったり、友達の家や浜辺で遊んだりする、ふつうの子どもでした。碁を並べるのを日課にしていること以外は。
 碁は幼いときから、身近な存在でした。父が好きで、家にはいつもお客さんがきて打っていました。夜は宴会になるんです。
 父はまず、姉と兄と私の3人を教え始めました。まずは5目並べからでした。母も一緒に覚えましたが、すぐ止(や)めたようです。私の下にも妹が2人いるのですが、「逃げられた」と父が言ってました。
 初めは碁石で遊ぶ程度でしたが、小学2年の夏休みから本格的になりました。そのころ父が腰の手術をして、家で療養していたのです。私たちも、自然に碁の時間が増えていきました。
 そうはいっても、家の中に閉じこもっている子ではなく、よく友達と遊んでいました。自転車で20分くらいのところに、東平安名崎(ひがしへんなざき)という景勝地があって、私たちの遊び場になっていました。
 海岸では、ずっとおしゃべりしていて、泳いだりはしません。海は見るだけです。貝やウニを取るのに、ぬれないように服をたくし上げて、膝(ひざ)までつかるくらいです。
 私、泳げないんです。5歳くらいのときにおぼれて、それから怖くなってしまいました。宮古島の子どもが泳げないなんて変ですが。
 もうすぐ1人で島を出ることになるとは、まだ夢にも思っていませんでした。
(囲碁棋士四段)
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