岡目八目

知念かおりさん

知念かおりさん

(3)臨月でつかんだ初タイトル

(寄稿連載 / 2007.08.06読売新聞掲載)

 入段して3年目に女流本因坊戦で挑戦者になりました。相手は吉田美香さんです。負けて悔しい気持ちもありましたが、挑戦手合が打てるなんて夢のようでした。ホテルに戻って、親に「負けちゃった」と電話したときに、初めて涙が出てきたのを覚えています。

 2年後に、再び吉田さんに挑戦することになったのですが、そのときは1人目の赤ちゃんがお腹(なか)にいて、4局目には臨月に入っていました。お腹が張りやすくなっていて、昼休みは自室で横になって体を休めていました。対局中にトイレに立ったときには、お腹に味方がいるような気がして心強く感じたものです。その4局目で3勝1敗になって、初タイトルを取ることができたのは、赤ちゃんのおかげかもしれません。

 2人目の出産は、挑戦手合が産後になるように、ちょっと調整しました。ところが3人目がまたタイトル戦と臨月が重なってしまって――。このときは挑戦者になるとは思っていなかったものですから。

 あのころは、母や妹に家に来てもらっていました。母になることと、棋士として大切な時期というのは、どうしても重なる可能性が高いですから、家族や周囲の支えが必要になります。これは、女流棋士に限らないことだと思いますが。

 一番思い出に残るタイトル戦は、2000年の祷(現・桑原)陽子さんとの女流本因坊戦です。祷さんとは院生のときから仲良くしていて、ハンバーガー店で5時間も6時間も話していたものです。いつも一緒にいるのに、手紙の交換もしていました。いまならメールですね。

 その第1局が宮古島で行われたのです。前夜祭は10月10日で、この日は私にとって特別な日でした。1989年の10月10日に、私は宮古島を出て上京したのです。その記念の日に、仲良しの祷さんと宮古島で打てるなんて。両親や地元の方もとても喜んでくれました。

 いまでも両親は10月10日に電話をくれて、「おめでとう」と言ってくれるんです。

(囲碁棋士四段)