岡目八目
(2)秒読みなき棋譜は美しい
(寄稿連載 2010/04/06読売新聞掲載)古碁、すなわち江戸時代の碁は、現代と違って持ち時間が無制限でした。
従ってファンの皆さんとしては、「何日もかけて一局を打っている」という「ものすごく時間の長い勝負」をイメージするかもしれません。
しかし実際はそれほどでもなく、1日で決着がついている碁が大半と言っていいでしょう。それどころか「早く終わってしまったから、もう一局」とばかりに、1日で二局打っていることも、決して珍しくありません。
本因坊秀策などは長考派として知られていますが、無駄に長く考えているのではなく、きちんと意味のある所で長いのです。そして時間を使っただけあって、実際に「う~ん」とうならされる素晴らしい作品となっています。
また時間に制限がないということで言えば、「出来上がった棋譜が美しい」という大きな利点があります。
どういうことかと言いますと、現代の碁は秒読みの中で、時間つなぎという必然性のない着手を打たざるを得ず、それが棋譜に残ってしまうのです。
さらに相手に時間がないからこそ、間違いを期待する勝負手を放つわけですが、これも見方によっては「棋譜を汚している行為」と言えなくもありません。時間があれば間違いも期待できないので、今の人だってゴチャゴチャをやるわけもないのですから…。
決して今の秒読み制度を否定しているわけではありませんが、現代の碁が一部で「時間がないから間違える可能性がある→だから相手もそこを期待してしまう」という傾向にあることは事実でしょう。
(囲碁棋士九段)