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岡目八目

読売新聞 2005/09/26掲載
郷原宏さん

(1)「詩人」から「碁人」へ素敵な昇格(寄稿連載)

 恥ずかしながら、私は世間では詩人ということになっている。若いころにH氏賞という詩の賞をもらって物書きになり、今でもときどき詩を書いているから、なるほど詩人のはしくれには違いない。
 だが、それは世を忍ぶ仮の姿。吾人の本領は碁にある。すなわち、吾人は「碁人」である。その証拠に、詩は注文がなければ書かないが、碁はだれに頼まれなくても、毎日のように打っている。
 だから、詩人仲間に近況を問われると、「最近は一段昇格して碁人になりました」と答えることにしている。すると決まって、「そんなに碁が好きなら、さぞ強いだろう」といわれる。好きこそ物の上手なれ、というわけだ。私はもちろん、こう答える。「下手の横好きということわざもありますからね」。
 自慢するわけではないが、私は本当に下手の横好きである。日本棋院からはいちおう五段の免状をいただき、詩人の囲碁大会では六段格で打っているが、私の碁とミステリーの師匠である各務(かがみ)三郎にいわせると、「まあ、三段がいいところ」らしい。
 ちなみに各務氏は文壇最強の打ち手の一人で、いわゆる県代表クラスの実力者である。私は学生時代にこの先輩から碁の手ほどきを受け、星目風鈴から始めて五子局まで進んだ。この分なら、あと二年ぐらいで追いつけるだろうと軽く考えていた。
 ところが、なぜか、この差はその後いっこうに縮まらなくなった。なんとも情けないことに、四十年たった今もなお、四隅に石を置かされている。その間に師匠も少しは腕を上げただろうが、要するに弟子の私にまったく進歩がなかったのである。
 詩人は詩が下手では商売にならないが、碁人は碁が下手でもいっこうに困らない。人生は一回限りでやり直しがきかないが、碁は負けたと思ったらさっさと投了して、初めからやりなおすことができる。碁人ほど素敵な人生はない。
(詩人)
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