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岡目八目

加藤正人さん
読売新聞 2012/04/17掲載
加藤正人さん

(2)脚本を通した「打ち」合わせ(寄稿連載)

 ◇かとう・まさと
 脚本家になりたての頃、あるベテラン監督と仕事をすることになった。急ぎの仕事だったので慌ただしく書き上げ、打ち合わせに臨んだ。
 まだワープロなどという便利な機器は普及しておらず、脚本家は原稿用紙に手書きで仕事をする時代だった。
 監督は打ち合わせの席に座るなり、原稿用紙の束をポンと机に放り投げ、「こないなホンでは商売になりまへんなァ」と吐き捨てた。
 新人だった私は、身の縮む思いだった。
 プロデューサーが気を利かせて、食事の席へと流れた。
 脚本の出来の悪さも忘れ、和気藹々(あいあい)としたお酒になった。雑談の最中、私の趣味は囲碁だという話になった。
 別れ際、明日から打ち合わせをするぞ、と言われた。
 翌日、撮影所に行くと、監督はいきなり、碁盤を取り出した。
 「打ち合わせはいいんですか?」とたずねると、「そんなのはあとでいいから」と碁石に手を伸ばした。結局、脚本の打ち合わせはなかった。
 翌日からも、撮影所に通って囲碁だけを打った。
 打ち合わせは打ち合わせでも、囲碁を「打つ」ほうの打ち合わせだった。
 こうして、会社の重役を交えた最終の脚本会議の日を迎えることになった。
 改訂作業で、ほんの少ししか手を入れていなかったので、不安でたまらなかった。
 開口一番、監督が「なかなか、よう書けてまっせ」と発言した。それに引きずられるように、好意的な雰囲気のうちに会議が終了した。
 芸というにはあまりにもお粗末な棋力だが、囲碁に助けられた。
(脚本家)
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