岡目八目
(2)木谷道場での濃密な生活
(寄稿連載 2012/02/14読売新聞掲載)日本囲碁界の低迷が心配されています。私の育った環境から考えると、師弟関係の希薄化が関連しているのではないでしょうか。ある棋士に、「木谷門下は野武士のように、どんなスタイルの碁でも打てる」と言われたことがあります。この表現は的を射ている気がします。
これは木谷道場での生活が大きく影響していると思われます。朝はそうじから始まり、碁の勉強、朝食へと進みます。台所当番があり、時間になると、勉強の途中でも料理の手伝いをします。石田芳夫二十四世本因坊のキャベツの千切りとカレーは、語り継がれる絶品でした。
約二十人いた弟子のうち、後片づけは各テーブルで食べるのが一番遅い人と決められていました。その人は金メダルと呼ばれ、ナンバーワンは加藤正夫九段でした。女の弟子は女性のすることすべてを習い、その残り時間を勉強にあてました。親友の小川誠子六段は通いで、厳しい教えを共に受けた一人です。
勉強は早碁の一番手直りで、一か月に三百局以上打ちました。各自が成績ノートを持ち、木谷先生の前へ持参して見てもらいます。入段試験の最中は、一人ずつ先生の待つ応接室に入り、時間が長ければ好局、短ければ不出来、が目安になっていたようです。
先生に打っていただけるのは、入門時に一局、独立祝いに一局の計二局でした。私は二十五子置き、十分ほどで負かされました。一局だけです。
私が今日あるのは、愛情をいっぱい注ぎながらの教えと、自分を信じる力を与えてくださった師との縁にほかなりません。
(囲碁棋士初段)