岡目八目

増田忠彦さん

増田忠彦さん

(3)「正法眼蔵」の条書き漏らす

(寄稿連載 2010/02/16読売新聞掲載)

 碁盤直して寛蓮を召す

 君が代や女の鬼は碁にありて

 平安初期に碁聖と称され、宇多、醍醐の両天皇に囲碁の師匠として近侍した法師、寛蓮(かんれん)を詠む雑俳(川柳)である。

 寛蓮は史書にも、藤原清貫と御前対局をした記録があるが、この上手の名を有名にしたのは『大和物語』『大鏡』『今昔物語集』『古今著聞集』といった物語の逸話である。また『源氏物語』の「手習の巻」に語られる「碁聖大徳」は寛蓮がモデルとされ、これを考証する『源氏釈』など源氏古注書も多い。

 平本弥星(やせい)氏(日本棋院六段)が「手段への誘い」というブログをつづけられていて、拙著『囲碁 語園』の記事も取り上げられたことがある。このブログの昨年3月の記事に、僧、道元の著作『正法眼蔵』の囲碁のくだりがある。

 拙著でも空海や寛蓮以下、僧侶の囲碁逸話を数多く紹介しているが、『正法眼蔵』の引用はない。

 道元は1253年に53歳で没した曹洞宗の開祖である。『囲碁 語園』の1253年のページをめくると、「日蓮の碁」「両劫(コウ)に仮生一つ」という表題があり、『法蓮鈔』や『古今著聞集』などの文献を引用しているが、道元の名もなければ『正法眼蔵』もない。

 つまり、『囲碁 語園』は『正法眼蔵』の囲碁の条を書き漏らしたのである。

 『正法眼蔵』は「岩波文庫」にあり、私も確かに読んだ。それなのに記事を漏らしているのは、「文字を目で追いながら、文意を読み落とした」に違いない。平本氏のブログを知ったのは拙著の出版後であった。

(囲碁史研究家)