岡目八目

森野節男さん

森野節男さん

(1)視覚障害者大会に参加を

(寄稿連載 / 2008.09.22読売新聞掲載)

 ◇もりの・せつお

 若いころ、仲のよい棋士や囲碁仲間と「今のままでは日本囲碁界に未来はない。もっと普及に力を入れなあかん」などと熱っぽく語り合ったものでした。最盛期は1000万人といわれた囲碁人口は減少の一途をたどり、今や半分以下と推定されています。10年ほど前、囲碁界に好影響をもたらした「ヒカルの碁」ブームも落ち着き、いよいよ普及に本腰を入れなければならない時期が来た、と気を引き締めています。棋士の本分はもちろん対局にありますが、ぼくは対局と普及が仕事の両輪と信じて行動しています。

 本格的に普及活動を始めるようになったのは、1994年ぐらいからだったと思います。この年、棋士仲間や学生らと共に「日本視覚障害者囲碁普及会」(会長=中川和雄元大阪府知事)を設立しました。現在、幹事クラス約20人が中心になって運営していますが、ボランティア活動に熱心な宮野文男事務局長には、参加者とボランティアの確保をはじめ苦労のかけ通しです。

 1年の準備期間を経て、96年、大阪で第1回全国視覚障害者囲碁大会の開催にこぎつけました。参加者は約20人で、針きゅう師が中心でした。阪神・淡路大震災などで中断があり、第2回は99年にずれ込みました。約60人の参加でした。この時から、湯川光久九段夫妻が全面的に協力してくれています。今年11月の第11回大会には一般と学生を合わせて200人は集まってほしいと願い、今から準備のラストスパートに入ります。この大会には接着剤大手メーカーの協賛をいただいています。

 ぼくたちも最善の運営方法を探らなければなりません。

(関西棋院九段)