岡目八目

大淵盛人さん

大淵盛人さん

(2)「絶対碁感」と精神を鍛える場

(寄稿連載 / 2006.06.12読売新聞掲載)

 私は常々、音楽に「絶対音感」があるように、囲碁にも「絶対碁感」があると考えています。「絶対碁感」を言葉で表現するのは非常に難しいのですが、長年この世界に身を置くと、「頭で打つ碁」と「体で打つ碁」の決定的な違いが分かってきます。「絶対碁感」は体で覚えるものであり、その基礎を体得させるには、若ければ若いに越したことはありません。また、プロになってからも厳しい世界ですから、小学校を卒業するまでに基本姿勢ができていないようでは、後々苦しい思いをします。世界レベルの棋士を育成するには、心身の柔軟な幼少期から高度なプロの感性に触れ親しませることが重要です。

 「絶対碁感」と共に、若いうちに鍛えておかなくてはならないのが、精神面です。近年、世の中が便利になり、多くの情報が簡単に手に入るために、子供たちはどんどん頭でっかちになっています。反面、精神面でもろい子供があまりに多いように感じます。世界の列強に立ち向かうためには、練り鍛えられた精神が必要です。そのためにも、親元から離し、師匠の元で勉強する「内弟子」という形で、やる気のある子供たちに精神を鍛える場を与えたかったのです。

 子供たちは、はじめは嬉(うれ)しそうに我が家にやってくるのですが、ほとんどの子供が、その後の半年間ホームシックにかかります。親御さんにとってもつらい時期のようです。ただ、本人と親と師匠の三者がしっかりと目標に向かって一体になっていないと目標を達成することは難しく、親御さんにも「腹」を持っていただくしかありません。けれども、子供たちにとっては、この半年という時間が大事なのです。その間に精神的に磨かれていき、これを乗り越えたときに、彼らは人間的に大きくなり、囲碁も勝ち始めます。

 昔、職人たちが、名人芸を幼少から叩(たた)き込まれて身につけたように、いつの時代にあっても、「本物」は時間をかけてじっくりと育てあげるものだと思います。

(囲碁棋士九段)