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岡目八目

読売新聞 2010/08/10掲載
大庭信行さん

(3)「松平家の碁会」と政争(寄稿連載)

 ◇おおば・のぶゆき
 囲碁史上最も知られた碁会は、「松平家の碁会」でしょう。1835年7月に開かれ、本因坊丈和と赤星因徹の「吐血の局」も打たれています。他に井上因碩―安井俊哲戦、安井仙知―林柏栄戦、林元美―服部雄節戦、本因坊丈策―坂口虎次郎戦など囲碁四家の当主、跡目クラス総出演の豪華な碁会でした。
 松平家とは石見国(島根県西部)浜田藩のことで、藩主は当時、老中首座だった松平康任。碁会には国家老、岡田頼母(1763〜1836)が世話役としてかかわりました。頼母は安井仙角に師事し、囲碁番付上位に名を連ねる打ち手(五段)で、この碁会でも仙角と二子局を打っています。
 しかしこの碁会を境にして、浜田藩の運命は一気に暗雲が立ち込めることになります。碁会の最中から動きの出ていた仙石騒動(出石藩の御家騒動)に巻き込まれて康任が老中を辞任して幕閣を去りました。この後、捜査を主導した水野忠邦による天保の改革が始まります。さらにその後発覚した日本海の竹島密貿易事件への関与が疑われ、翌36年6月には頼母自身が自害に追い込まれてしまいます。
 「松平家の碁会」は囲碁史で、また竹島密貿易事件は郷土史では有名な事件で、回船問屋の会津屋八右衛門はヒーローとして扱われていますが、果たして碁会と密貿易事件は関係なかったのか。幕府内の政争という中にこの「碁会」を置いて見ると、単なる囲碁史の一ページではなく、まさに歴史のただ中にこの碁会が存在していたことが分かります。
 こうした視点から囲碁史を取り上げるのも私の楽しみの一つでもあります。
(囲碁史会会員)
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