岡目八目

竹澤秀実さん

竹澤秀実さん

(1)マル書き仕事に悪戦苦闘

(寄稿連載 2012/06/05読売新聞掲載)

 ◇たけざわ・ひでみ

 今年4月をもって、「月刊囲碁」は創刊以来、61年の幕を閉じました。ファンのおしかりは覚悟のうえで、在籍した40年を振り返ってみます。

 1973年、仲間の「好きな事で飯が食えていいなぁ」の言葉に見送られて、名古屋から上京。最初に待っていたのは、終日マルを書く仕事でした。毎号の付録「名局細解」の棋譜原稿用に、プロの打碁を黒石は黒で、白石は赤で、碁罫紙(ごけいし)一枚に一手ずつ重ねていくのです。2手目は1枚に黒赤1個ずつ、3手目は1枚に黒2個、赤1個となり、手数が進むと、書き入れるマルの数は級数的に増えます。

 序盤はすいすいですが、100手を超えるあたりからスピードはがくんと落ち、200手に差し掛かる頃には石が落ちたり、ずれたりの連続です。大いに悩みました。

 先輩にくっついて取材に出かけたある夜、プロの対局が終了し、入室が許された時のことでした。記録係の少年が部屋の照明に紙をかざして入念に見ているのです。ハッとしました。棋譜に誤りがないかどうか調べていたのです。2枚を重ね合わせて、何かが浮かんできたらミスの発生です。眼からウロコでした。

 少年のおかげで、あるべき所に石がない、余計な所に石がある、といった読者からのクレームは減少しました。月日は流れ、今やパソコンに入力するだけで昔の作業があっという間にできるようになりました。驚くほかありません。

 この年、碁界は石田芳夫(二十四世本因坊)と林海峰(名誉天元)の決戦で盛り上がり、棋書の売れ行きも好調、碁会所は並ばないと打てないほどの活況を呈していました。

(元「月刊囲碁」編集長)