岡目八目

竹澤秀実さん

竹澤秀実さん

(2)新米編集部員が憧れた先輩

(寄稿連載 2012/06/12読売新聞掲載)

 入社して半年がたち、一本の記事の担当を命じられました。なんと以前からファンだった前田陳爾(のぶあき)九段の「置碁検討録」です。お目にかかった際、威厳のある和服姿にあいさつするのがやっとでした。

 担当者は原稿の催促から入稿、手入れ、送稿までを滞りなくこなさなければなりません。緊張と不安にさいなまれました。ところが案に相違して、先生は全く手がかからないのです。催促するまでもなく約束の日には会社に原稿を届けて下さり、指定通りに書かれているので手入れも簡単です。

 しかし甘かった。ある日のこと、先生はこうおっしゃるのです。「前号の見出しは良くなかったね」――と。思い当たる節はありました。その見出しは、碁の経過を漫然と表したもので、独特のユーモアが売りの「置碁検討録」には在り来りに過ぎたのです。それ以来、見出しをつける時は身構えるようになりました。しかし悲しいかな上達したとは思えない。才能の分野と割り切るほかありません。

 当時、編集部には才気あふれる先輩がいました。初代編集長だった勝本哲州さんです。「名局細解」を考案し、執筆もしていました。驚くべきは、その速さです。昨日取材が済んでいれば、今日の夕方には書き終えているといった具合です。喫茶店、車中、旅先、どこにいようが書けるのも強みでした。「名局細解」だけでなく、「呉清源布石」も長く連載しており、そのほかに観戦記、臨時講座もこなすといった忙しさ。それを何食わぬ顔で仕上げてしまうのですから、新米部員にとっては憧れの的でした。

(元「月刊囲碁」編集長)