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岡目八目

読売新聞 2007/10/29掲載
谷岡一郎さん

(4)「人生は一局の碁なり」(寄稿連載)

 プロとアマの違いは多々あるが、アマの犯す(そしてほとんど誰もが経験していることだと思うが)最大のミスは、例えば10目以上勝っているゲームを、100目勝とうとして泥仕合となり、結局は負けるというヤツ。よくやりますな、私も。その点プロは、一度リードしたらめったなことではひっくり返らない。5目でも半目でも勝ちは勝ち。決してリードを広げるためにバカげたプレーはしないのだ。
 大阪商業大学で今年、日本棋院の岡部弘理事長や重野由紀二段など、何人かのスピーカーを招いてシンポジウムを企画した。テーマは「囲碁に見るビジネス戦略」だが、サブタイトルが「人生は一局の碁なり」。布石に始まり、寄せに至る囲碁のプロセスをビジネスや人間の生き方になぞらえたのだ。
 シンポジウムで問題になったのは、100目負けている碁を投げずに粘る人に対する考え方。ここで内容を紹介できないのは残念だが、いろいろな意見が出て面白かった。聴衆の方々にも好評だった。
 司会をしながら私は、私の父を思い浮かべていた。個人的な話で恐縮だが、私の父は大の囲碁ファンで決して投げないタイプだったのだ。私はよく「まだやるの〜?」と不満を表明したものだった。その父が病に倒れ、入院した時、私は週に1回くらいは囲碁の相手をしに病院を訪れていた。
 そんなある日、いつもは3、4局打たないと気の済まない父が、まだ50目くらいしか負けていない碁を投げ、たった1局で「もう疲れたので休む」と言ってベッドに戻ったのだ。そしてわずか数日であの世へ旅立った。半分くらいは囲碁と知り合ったお陰だが、充実した82年余の人生だったと思う。かわいそうなくらい多忙だったけど。
 でも最後の1局、もう少し緩めてあげればよかったな、と時々思い出す。今度は200目負けている碁を投げなくても文句を言わないから、もう一局打ってくれないかな、と。
(大阪商業大学学長)
(おわり)
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