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岡目八目

読売新聞 2005/05/30掲載
所雄章さん

(3)鮮明に記憶、医科歯科大の活躍(寄稿連載)

 昭和から平成にかけての十年間で今も記憶に鮮やかな出来事がある。「連盟」の、二部以下の優勝校と準優勝校とは自動的に昇格、一部から七部までの下位二校は自動的に降格、という定めのなかを、八部から一部まで一気に駆け上がった医科歯科大チームの活躍(とその崩壊と)である。昭和五十六年の春、連盟に加盟、八部から始めたこのチームの選手には、東大の卒業後は大学院に進み、物理学の修士コースを終えてから転身してこの大学に入学したという元主将を含め、一部の常連校の東大の元選手が三人もいたりして、それゆえその快進撃も当然ではあるが、昭和六十年の春期リーグ戦には、早くも一部校の仲間入りを果たしたのは破天荒、見事であった。しかし一部に上がったそのシーズンは四位、結局一部では優勝できなかったばかりか、彼ら有力選手の卒業後は新選手の補充がつかず、チームはいわば裳抜けの殻、「兵(つわもの)どもが夢のあと」ということになってしまったのは、残念至極。
 「全日本」はと言うと、故藤田梧郎氏が昭和三十二年に創(はじ)められた学生囲碁界の統一組織(北海道、東北、関東、中部、甲信越、関西、中国四国、九州の全国八地区の地方連盟の統括機構)であって、やはり学生幹事――その中核が代表幹事と会計幹事(前年度の「連盟」の二人が昇格する)――が、自主的に運営。と言っても、「全日本」の場合は、その主催する棋戦の多くが――現在は(女子の大会を除き)すべてが――新聞社との共催で(そのことがそれらの棋戦の開催を財政的に可能にしてくれているわけだが)、その渉外の仕事が副会長の主要な責務となる。もう一人の副会長の藤田氏が(平成六年に九十一歳で亡くなるまで)担当され、その後は私が引き継いだ。私の就任時には会長は不在。翌五十六年末からは色部義明氏(協和銀行会長)が、氏の没後から今年の三月末までは松田昌士氏(JR東日本会長)が「全日本」の会長。(中央大学名誉教授、前全日本学生囲碁連盟副会長)
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