岡目八目
(3)三つの浮世絵に映える囲碁
(寄稿連載 2012/12/04読売新聞掲載)浮世絵に囲碁の場面を描いた絵師は、歌川豊国、国芳、葛飾北斎、喜多川歌麿など数多くいますから、その作品数は数え切れないほどです。特に話題性の高い三つの浮世絵を紹介します。
その一つは『源氏物語』の「空蝉(うつせみ)の巻」にでてくるもので、空蝉と軒端荻(のきばのおぎ)親子の対局場面を光源氏がのぞき見る情感豊かな、あまりに有名な場面です。
二つ目は、武者絵で最も多く登場する佐藤忠信が碁盤を武器に戦う雄姿を描いた歌川国芳の作品で、歌舞伎では、市川家の代表的な演目のひとつになっています。たまたま、この絵を拙著の表紙に使ったことから市川団十郎さんの目にとまり、過分なお手紙を頂戴しました。
三つ目は、同じく国芳画「誠忠義士伝」と題して、忠臣蔵の義士たちを描いて大評判となったもので、そのうちの一つが「小野寺幸右衛門秀富」の浮世絵です。この絵は、抜きはなった刀を碁盤に立てかけ、傍らに散乱して碁笥(ごけ)からこぼれおちた黒石が、切迫した武士の表情と共になにやらただならぬ事態を想像させます。まさに吉良邸に討ち入った直後の緊迫した場面です。幸右衛門は、真っ先に吉良邸に突入して、奥の床の間に並べてあった半弓の弦をすべて切り払ったと伝えられています。このとっさの判断力と行動力は同志たちからもたたえられ、後世の研究者からも高く評価されています。
史実によりますと、討ち入り後、四家に分けて預けられた義士たちは、切腹までの二か月近くの間、よく碁を打っていたという話も残されています。囲碁好きにとっても話題の尽きない忠臣蔵なのです。
(棋道懇談会会員)