上達の指南

遠藤悦史七段の「捨て石の考え方」

(4)勝ちを呼んだ大局的構想

(寄稿連載 2008/03/10読売新聞掲載)

 最終回は「捨て石の名局」をご紹介します。国際棋戦の農心辛ラーメン杯、日本の依田紀基九段と韓国の睦鎮碩九段の1局から。依田さんの白番です。

 【テーマ図】 右上の△9子が取られているのが目に入ります。一見して、「白がひどい格好になっている」と思ったものです。
 しかしよく見渡してみると、その認識がまったくの誤りであることに気付きました。右下は白の大きな確定地ですし、右上にもまだ白イ、黒ロ、白ハ、黒ニ、白ホというような味が残っているので、むしろ白に楽しみの多い碁なのです。つまり△9子は「取られた」のではなく「捨てた」というのが真実であり、捨て石を得意とする依田さんの面目躍如とさえ言える局面なのでした。
 このあと焦点は左上へと移り、黒1から白12までの進行。続いて黒はヘ、白ト、黒チと生きているくらいかと思われたのですが・・・。

 【1図】 黒1、3が、捨て石を含みにした大英断にして最善手でした。
 どういうことかと言いますと、まず白4、6の切り下がりから8とハネられると、黒はダメヅマリのため二眼が確保できません。しかし睦さんもそんなことは百も承知でした。

 【2図】 黒1、3と切って左上の黒を捨て石とする大作戦を敢行したのです。黒5の当てから7のツケが狙いの手筋で、黒19までは一本道。左上の黒は取られましたが、左辺一帯を勢力下に治めた黒が大成功。何とも鮮やかな黒の構想でした。結果も黒の6目半勝ちとなっています。
 4回にわたって、捨て石をテーマとしたお話をしてきましたが、いかがでしたでしょうか。攻められるくらいなら捨てよ――この考えを念頭に入れておくだけで、ぐっとレベルアップするはずです。
(おわり)

●メモ● 遠藤七段から、もう一言アドバイス。「攻められた時点ですでにマイナスなので、このマイナスをそれ以上大きくしないためにも、石を捨てるという考え方は非常に有効。捨て石は上達への特効薬です」

【テーマ図】
【1図】
【2図】