上達の指南

藤沢秀行名誉棋聖・この4局

(1)大長考で大石を召し捕る選・高尾紳路九段

(寄稿連載 2009/05/12読売新聞掲載)

 名棋士の誉れ高かった藤沢秀行名誉棋聖が8日、亡くなった。あの豪放で緻密(ちみつ)な棋風に触れることは、もはやできない。一時代を築いた希代の碁打ちを惜しむ声は尽きない。
 藤沢名誉棋聖ほど、プロをうならせる手を残してきた人はいない。独創性、中盤の力強い打ち回し、厚みを背景にした寄せなど、どの分野でも群を抜いていた。
 酒とばくちにまつわる数々のエピソードは、負のイメージで語られがちだが、それは名棋士、藤沢の名をおとしめるものではなく、芸の輝きをいっそう引き立てる彩りととらえたい。
 4回にわたり、藤沢を敬愛してやまない弟子の高尾紳路九段に、全盛時代の4局を選んでもらい、追悼の意を込めて、その真髄に触れてみたい。  「棋聖戦の七番勝負史上、最も印象に残るのは」と聞かれたら、1978年の本局を選ぶ棋士が多いと思う、それほど有名な局である。藤沢は1勝3敗とカド番に追い込まれていた。

 【局面図1】△のツケに対し、黒1の飛びは2時間57分という記録的な大長考で、藤沢は白の大石を殺せると読み切った。黒5と並んでいよいよ本気だ。

 【局面図2】黒34となって、「殺し屋」と異名を取る加藤の大石を召し捕ってしまった。ここで加藤は投了した。右上の白と黒は白の後手ゼキだが、右辺の黒が生きると同時に、下方の白の大石が死ぬ。

 後日、白の大石にしのぎがあったかどうか研究されているが、部分的なしのぎの有無は問題ではない。加藤は全部生きようとし、藤沢はまとめて取りにいった。二人とも、そうでなければ自分に勝ちはない、と判断していた。だから、気合と気合、読みと読みとの激突になったのである。高尾九段「先生は相手にダメージを与えられるような勝ち方をしたかったのでしょう」。すさまじいまでの、藤沢の勝利への執念と恐ろしいまでの集中力であった。
(赤松正弘)

●第2期棋聖戦● 加藤本因坊は十段、碁聖を併せ持つ3冠王だった。藤沢は第5局から3連勝で防衛を果たした。このシリーズでは、全局を通じて先番が必ず中国流に構えるという珍しい記録を作った。最終第7局は藤沢の逆転半目勝ち。「1億円の半目」と言われた。
写真=藤沢秀行棋聖(左)と加藤正夫本因坊

第2期棋聖戦七番勝負第5局
  白・本因坊 加藤正夫
  黒・棋聖 藤沢秀行

【局面図1】
【局面図2】