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上達への指南
呉清源師の「生涯一局」その十 読売新聞 2012/03/27掲載
(3)互いに好点逃し持碁に(寄稿連載)
 1961年1月、読売新聞社は社告で「囲碁名人戦」について発表しました。第1期は13人の棋士によるリーグ戦で、その優勝者が名人となり、第2期からは9人のリーグ戦で名人への挑戦者を争うという仕組みです。
 第1期は、私と、坂田栄男、高川格、木谷実、藤沢庫之助、杉内雅男、宮下秀洋、島村俊広、橋本宇太郎、橋本昌二、半田道玄、藤沢秀行、岩田正男の各棋士で争いました。5目コミ、持碁白勝ちのルールでした。
 その最中の同年8月、私はバイクにはねられ、脊椎、腰部、足部の打撲で入院。3か月後、どうやら対局できるようになりましたが、座ることができず、当時は異例でしたが椅子で対局しました。
 「実戦図」の黒2は、イの二間の方が後の白7の打ち込みを防いでよかったでしょう。白9は「参考図1」の1が急務でした。白3も好点で、白5まで黒の右辺を制限できますから。同じ理屈で、黒10で「参考図2」の1と打たれると、白は不利でした。双方が好点を逃しました。
 本局は激戦に次ぐ激戦で、白の私の持碁勝ちとなりました。
 第1期は私と秀行さんが9勝3敗で並びましたが、私には持碁勝ちがあるとして秀行さんが上位とされ、名人に就きました。
 私は交通事故の後、対局中に極度の頭痛、吐き気に悩み、勝負に対する粘りが次第に薄れていきました。
(構成・牛力力)

●メモ● 読売社告から(一部略)「囲碁界では『名人』の名は久しく聞かれず、徳川初期から数えて十人目の名人だった二十一世本因坊秀哉が昭和十五年一月になくなってから二十年間空位のままでした。碁界の発展と明朗化のために、困難をのりこえ、待望の名人戦を実現することができました」
写真=第1期名人戦で、椅子に座って対局する呉師(右)と坂田九段
第1期名人戦
白 九段 呉清源
黒 九段 坂田栄男
(1962年8月)

【実戦図】


【参考図1】


【参考図2】

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