上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その十四

(1)木谷実を破り同じ七段に

(寄稿連載 2013/09/17読売新聞掲載)

 おかげさまで99歳になりました。5月の誕生日当日、マイケル・レドモンドさんがアメリカの若い囲碁ファンを案内して来られ、祝ってくれました。碁の縁は本当に不思議ですね。
 今回は1939年(昭和14年)春の大手合、木谷実さんとの最終局です。芸兄、木谷さんにはこれまで、常に一歩先を行かれていましたが、この白番での逆番勝ちで、私は七段に昇進し、木谷さんと同段に並ぶことになりました。忘れられぬ一局です。
 「実戦図」の白16のハサミは、この配置では当然ですが、黒17の両ガカリはかなり強気の打ち回しです。白18と根を下ろしながら、黒を分断して戦っていきます。黒は19から23と準備して、左下隅を封鎖しようとします。
 もし、黒19で「参考図1」の黒1と打ったりすると、白は2から8と戦いを開始。これは一見して黒が無理でしょう。
 黒23に「参考図2」の白1と普通に打つと、黒2から4とされて、いつの間にか左下隅の白は大きく封鎖されてしまうでしょう。「参考図3」も大同小異です。
 白26で「参考図4」の白1と引くと、黒2から4と打たれて困ります。白Aなら黒Bと押され、白は方々で忙しくなります。
 白32、34も、こうした要領です。これは白24と準備した時からの予定の行動でした。
 黒49までで左下隅の戦いは一段落し、先手で待望の白50に回れました。
(構成・牛力力)

●メモ● 呉師は1936年、日本に帰化する。日中関係が悪化の一途をたどっていた時期で、各方面から様々な声があった。家族からは帰国も勧められた。そのはざまで呉師は悩み、知人に相談し、帰化することを決断した。呉泉(ゴ・イズミ)と名乗った。国籍の問題は、戦後も呉師を翻弄することになる。
写真=レドモンド九段(右端)らから祝福をうける呉師(手前)

春季大手合最終局
白 六段 呉 清源
黒 七段 木谷 実
(1939年)

【実戦図】
【参考図1】
【参考図2】
【参考図3】
【参考図4】