上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その三

(2)木谷さんを「先相先」に

(寄稿連載 2009/11/17読売新聞掲載)

 木谷実さんとの十番碁は第5局までで私の4勝1敗となり、カド番を迎えた木谷さんは長年なじんでいた長髪をバッサリ切って、往時の怪童丸の坊主刈りとなって現れ、気迫をみなぎらせていました。
 対局場は鎌倉の円覚寺。私はもともと坊主頭なので、二人で僧坊で対局すると、禅僧そのもののようだと笑い合いました。
 「実戦譜1」の黒1で、白の全体を取りにいったのは危険でした。
 ここでは、「参考図」のように黒1から3、そして黒7から9のような手が無難で、これで黒が優勢でした。ともあれ「実戦譜1」の白10では11とし、黒イ、白ロ、黒ハ、白10、黒18、白12、黒ニ、白ホのように打つのが白は最善で、こうなると複雑になったでしょう。
 「実戦譜2」の白22から24、そして30から32で、白はなんとかコウにしましたが、黒39までとなって、白の頑張りもそれまででした。
 手順中の白26で32は、黒37、白30、黒31のコウになりますが、白はうまくいきません。ただしこの白32に対し、うっかり黒26と打ったりすると、白30、黒イの時、白28の妙手が用意されており、黒が困ってしまいます。
 黒39を見て、木谷さんは投了されました。
 私はこの対局に勝って、ついに木谷さんを先相先(せんあいせん)の手合いに打ち込んだのです。もっとも、その後の4局は木谷さんの3勝1敗で、この十番碁は終わりました。
(構成・牛力力)

●メモ● 呉と木谷の十番碁は建長寺でスタートし、その後、円覚寺4局、鶴岡八幡宮3局と10局のうち、8局が鎌倉が舞台となった。このため鎌倉十番碁とも呼ばれている。第3局の観戦記は川端康成が担当した。対局は3か月に1局のペース。持ち時間各13時間で、3日がかりで打たれた。
写真=盟友でライバルでもあった木谷実(左)と(1934年)

打ち込み十番碁第6局
白:七段・木谷実 黒:七段・呉清源
(1940年)

【参考図】
【実戦譜1】
【実戦譜2】38(24)