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上達への指南
呉清源師の「生涯一局」その三 読売新聞 2009/11/24掲載
(3)大先輩と互い先で対する(寄稿連載)
 雁金準一先生は明治時代の巨匠、本因坊秀栄のまな弟子で、私にとっては大先輩です。その先生が「木谷を打ち込んだ呉清源となら互い先で打ってもよい」と言われたとのことで、読売の正力松太郎社長が動かれて、この十番碁が実現しました。八段と七段の互い先での対局は、段位差に厳しかった当時としては異例のことでした。雁金先生はこれを機に棋正社を脱退し、瓊韻(けいいん)社を創立されましたが、私としては日本棋院の権威のためにも大きな責任を感じていました。
 「実戦譜」の白10で、最後の空き隅に先着しました。もし、白10で「参考図1」のように定石通り白1と打つと、黒2やAと空き隅を占められてしまうからです。
 黒11と白12の交換は、白にとって不満はありません。黒11では「参考図2」の黒1と△の3子をとがめて挟むのが普通ではないかと思います。実は私は「参考図3」のように打たれるのを嫌っていました。黒3の後で白Aなら黒Bと利かされます。ですから白2では「参考図4」の白1と挟むのも考えられます。黒10までで一段落。しかし左上の白3子と白1の間が広すぎるので、いずれAと一手入れなければならず、やはり不満です。
 本局は私の中押し勝ちでした。この十番碁は第5局までで私の4勝1敗となり、関係者が雁金先生の名誉と健康を気遣って、第6局以降は中止となりました。
(構成・牛力力)

●メモ● 雁金準一は1879年(明治12年)、東京生まれ。秀栄後継の本因坊にも擬された。日本棋院のほか、囲碁結社が並立した時代で、八段は瓊韻(けいいん)社の段位。この対局の時は62歳で、囲碁界の重鎮。公式手合から遠ざかっており、実に十数年ぶりの対局だった。対する呉は27歳。

写真=妻、和子さんとの結婚写真(1942年)
打ち込み十番碁第1局
白:七段 呉清源 黒:八段 雁金準一
(1941年)


【実戦譜】


【参考図1】

【参考図2】

【参考図3】

【参考図4】
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