上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その五

(2)コミなし黒の楽さ実感

(寄稿連載 2010/07/06読売新聞掲載)

 本局は橋本宇太郎さんとの第2次十番碁の第5局で、それまでの経過は私の2勝1敗1持碁でした。
 実はこの十番碁が開始された頃、毎日新聞で橋本さんと互先の三番碁を打っていましたが、こちらは黒の4目半コミ出しでした。それに比べると、コミなしの黒はいかに楽かを実感しました。
 「実戦図」の黒1、3のツケ伸びはコミなしを意識して、分かりやすく打ったのです。今なら当然、Aあたりに挟んでいくでしょう。白6の押しは有力な手法です。この手で「参考図1」の白1と開くのは定石ですが、黒2と先行されてしまいます。
 しかし「実戦図」の白8のハネ返しはいかがなものでしょうか。白10と後手を引くことになりましたから。ですからここは「参考図2」の白1の方がよかったでしょう。黒2を待って、白3と打ち込んでいきます。以下、白7までで一段落ですが、黒の右下辺の幅はたいしたことはありません。
 本局は黒の中押し勝ちになりました。なお、この十番碁は私の5勝3敗2持碁でした。本因坊を相手に、一段差の先相先の手合でしたから、まずまずの好成績といえましょう。

 橋本さんには、来日前に入門試験碁を打っていただいたのをはじめ、来日後もいろいろ相談相手になっていただきました。懐かしく思い出すとともに、心から感謝しております。
(構成・牛力力)

●メモ● 第2次十番碁の開始に際して、橋本は次のような抱負を述べている。「別に決意というのがないのが決意です。いわゆる三昧(さんまい)境において、一切空でどこまでも真剣にやってみたい。呉さんはいわゆる入神の碁というべき至芸の人で、私も別の意味で一生懸命やりたい」
写真=詩人の草野心平(右)と対談する呉(1947年)

第2次打ち込み十番碁第5局
白:本因坊・橋本宇太郎
黒:九段・呉清源
(1950年11月)

【実戦図】
【参考図1】
【参考図2】