上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その六

(3)「勝負は運」勝って実感

(寄稿連載 2010/11/02読売新聞掲載)

 本局まで、この十番碁は私の5勝2敗1持碁で、藤沢庫之助さんはカド番を迎えていました。もし藤沢さんが負けると、4局負け越しで先相先に打ち込まれることになる重大な一局でした。しかし藤沢さんは、そんな瀬戸際にあることを感じさせぬ必勝を確信している顔付きでした。
 「実戦図」の白8と当ててから白10としっかり生きたのは臨機応変の好手だったと思います。白8では「参考図1」の白1が常識とされていますが、黒2の後、さらにAと押さえられると、白全体の眼形が乏しくなります。
 この白が強くなると、黒15の地点のノゾキが厳しくなります。そのため藤沢さんは黒11から15と打ったのです。しかし黒11では「参考図2」のように黒1と白2を交換し、以下、黒9までと絞って、黒11に回るべきでした。つまり白14に打たれて、黒15を急がねばならなくなったのです。黒15で16は、白15と急所を突かれます。場合によっては、定石や常識にとらわれず臨機応変な対応が大事なのです。
 白22までは白が好調でしたが、終盤には黒が負けようがない碁になったのです。ところが藤沢さんに大錯覚があり、幸運にも私が勝って打ち込むことになったのです。本十番碁は第10局まで行われ、私の7勝2敗1持碁で終了しました。その際、テレビのインタビューに答えて、「私は勝負は運だと思っています。私に運があれば勝つし、なければ打ち込まれたかもしれない」と言いましたが、実感でした。
(構成・牛力力)

●メモ● 藤沢九段大錯覚の様子を当時の観戦記は次のように伝えた。「藤沢氏の面上には名状すべからざる表情が浮かんでいる。序盤の非勢を中盤から終盤において営々挽回し、今となっては勝ちは動かぬと思われた碁が如何なる悪魔のみ入ったものか寸秒の間にドンデン返ったのである(中略)」
写真=3次にわたって十番碁を争った呉師(左)と藤沢九段(1952年12月)

第2次打ち込み十番碁第9局
白:九段 呉清源
黒:九段 藤沢庫之助
(1952年6月)

【実戦図】
【参考図1】
【参考図2】10(5)