上達の指南
(4)再び藤沢九段を打ち込む
(寄稿連載 2010/11/09読売新聞掲載) 藤沢庫之助九段との第2次十番碁に勝ち、1952年8月、台湾を訪問して大国手の称号を頂きました。そのとき指導したのが十歳の林海峰少年で、それが彼の来日のきっかけになりました。
この第3次十番碁は、前回、私が打ち込んでいるので、先相先の手合割りでした。本局まで私の4勝1敗。この第6局は藤沢さんのカド番で、対局前に「ぼくは辞表を懐にしてきた」と聞き、びっくりしてしまいました。
「実戦図1」の黒8の時、白は残り1分、私は8時間も残っていたのに、白の秒読みにせかされて、黒8の大緩着を打ってしまいました。「参考図」の黒1と下がれば中央の白の大石を取れただけでなく、右上隅の白も大変でした。たとえ隅の白が生きても、黒Aに回れました。白17に先着されて形勢は細かいながら白が優勢でしょう。
「実戦図2」の黒1の抜きに、白Aと打っていればよかったのです。黒11が意表の好手で、以下、黒19まで大フリカワリとなり、黒の勝ちとなりました。
この十番碁は本局で再度、藤沢さんを打ち込み、終わりました。藤沢さんとは51年10月から1年半ほどの間に20局も対局し、私の16勝3敗1持碁でした。本局は藤沢さんにとってまさに背水の陣だったのでしょうが、平常心を忘れると、勝てる碁も勝てなくなるのではないでしょうか。この後、藤沢さんは日本棋院を一時脱退しました。
(構成・牛力力)
(おわり)
●メモ● この第6局の後、川端康成が新聞に寄稿している。「今日の呉さんももちろん神の存在を思い、天を心に持っている。呉さんの早打ちは明敏な早見えのせいばかりでなく、おそらくこの天のせいでもあって、天才の天に対しなければ、呉さんには容易に勝てないのかもしれない(抜粋)」
写真=台湾を訪れた呉師(手前)一行
第3次打ち込み十番碁第6局
白:九段・藤沢庫之助
黒:九段・呉清源
(1953年3月)