上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その八

(4)高川さんと最後の十番碁

(寄稿連載 2011/08/16読売新聞掲載)

 私は当時の一流棋士と「打ち込み十番碁」を多数打ちましたが、その最後の相手が高川格さんでした。当時、高川さんは本因坊4連覇中だったので、手割りは互先と決められ、握って私の黒番で十番碁は始まりました。
 「実戦図」でお分かりのように、私は黒1、3、5の秀策流に構えました。堅実な態勢で臨んだのです。黒7の上ツケは19と下につける方がもっと分かりやすかったでしょう。
 黒17では、「参考図1」のように黒1、3と白2、4を交換してから黒5と回るところでした。単に黒17に受けるにしても、やはり、イの方が良かったと思います。
 白18の後、白ロの三々ツケが成立するので、黒19、21はそれを未然に防いだのです。
 黒35は左辺の大場ですが、ただ地を囲っただけで、この手では「参考図2」の1のように右辺に展開すべきでした。
 要するに、次の白36が好点で、さらに、白ハと右上隅の黒の根拠が脅かされる可能性も生じてきて、碁が複雑になってきました。
 こうなると碁は細かくなり、高川さんのペースと言えましょう。しかし細碁ながら、幸運にも黒3目勝ちとなり、この十番碁は好スタートを切れました。
 当時、私は41歳。高川さんは39歳。半世紀以上がたち、最後の「十番碁」だったこともあって感慨ひとしおです。
(構成・牛力力)
(おわり)

●メモ● 高川との打ち込み十番碁は1年4か月をかけて打たれた。初戦で勝利した呉は第8局に勝って6勝2敗とし、互先から先相先へと高川を打ち込んだ。その後の2局は高川が勝った。呉の打ち込み十番碁が開始されたのは1939年。この十数年を、呉は「長い間、断崖絶壁に立ち」と語っている。
写真=箱根で行われた高川(右)との打ち込み十番碁第1局

【実戦図】
【参考図1】
【参考図2】