上達の指南

呉清源師の「生涯一局」その九

(2)大ナダレ内マガリで勝つ

(寄稿連載 2011/11/08読売新聞掲載)

 「打ち込み十番碁」終了後、読売新聞社は「日本最強決定戦」という企画を立てました。私と橋本宇太郎、藤沢庫之助、木谷実、坂田栄男の各九段に、本因坊の高川格八段を加えた6人による、互先、黒白2局ずつ、1人10局の総当たりによるリーグ戦です。私は参加棋士すべてを十番碁で打ち込んでいました。江戸時代から、打ち込まれた相手は打ち込み返さない限り元の手割に戻れないのが定めでしたが、本棋戦はすべて互先という規定でした。
 「実戦図1」の黒37の大ナダレ内マガリは、この対局で初めて打った新手です。「参考図」の黒1の外マガリが定石とされていましたが、左辺の▲がやや凝り形で、不満だったのです。
 「実戦図2」の黒53から57まで3子を捨て、59に回って、黒が成功したと思いました。本局は黒の中押し勝ちとなりました。
 局後、「私の時に、こんな新手を使うなんてひどい」と高川さんに嘆かれましたが、この時の白の応手は現在の内マガリ定石とほぼ同じで、立派と言うべきです。
 内マガリの成功によって、大ナダレはほとんど打たれなくなりましたが、本局の4年後に私がなだれる側になり、内マガリでこられても五分に戦えることを証明して、また大ナダレが打たれるようになりました。最近はますます多様な打ち方が試されており、今昔の感ありです。
(構成・牛力力)

●メモ● 打ち込み十番碁が終わったのは、呉がすべての相手を打ち込み、もはや対戦相手がいなくなったからだ。ただトップ棋士を集めれば、どうしても十番碁の相手。それが日本最強決定戦の陣容である。幕開けの藤沢庫之助―坂田栄男戦は、1957年正月から新聞に掲載された。
写真=盤面に視線を送りながら喉をうるおす呉師(1956年)

第1期日本最強決定戦
白 本因坊 高川格
黒 九段 呉清源
(1957年)

【実戦図1】
【参考図】
【実戦図2】