上達の指南

小林光一「名誉棋聖への道」その三

(3)「隠れた勝因」で3勝3敗

(寄稿連載 2012/08/14読売新聞掲載)

 このシリーズ、小林は第4局で半目負けて、1勝3敗のかど番に追い込まれた。小林は「やっと良くなったと思った瞬間に、計算間違いをしていて、ショックだった。ついにダメか、と覚悟した」と、苦しかった心境を語った。踏みとどまって3勝3敗のタイに押し返せたのは、強い精神力があったればこそだったろう。

 【局面図】 左下で△とこすんだところ。白がやや優勢な局面で、小林は「コミは出せそうもない」と半ばあきらめていた。

 【変化図1】 黒1のハイで応じるのは、白2の突き当たりから8の伸びとなる。これは白の注文通りで、黒は全く勝ち目がなくなる。

 【実戦図】 小林は黒1と逆モーションでこすんだ。加藤はこの手を全然見ていなかった。加藤の着手がここから乱れ始める。小林はこれを「隠れた勝因」とした。

 【変化図2】 黒のコスミに対し、白1と遮るのは、黒2のハネから6の飛びとなり、白は実を食われた上に薄くなる。

 実戦図、白2のカケツギに、黒3の差し込みから5と渡ったのが抜け目のない手順。白10の押しは要点で、黒にここへ曲がられてはたまらない。
 白12まで、黒はまだ少し苦しいながらも、後半に希望を持てる形勢にこぎつけている。小林は加藤の意表をつく好手を放ち、七番勝負を振り出しに戻した。
(敬称略)
(赤松正弘)

●メモ● 加藤正夫は第2期の藤沢秀行、第12、15、17期の小林と4度も棋聖位に挑んだが、3―4、1―4、3―4、3―4とすべてに敗れ、7冠制覇のグランドスラムを達成できぬまま世を去った。不運の棋士であった。小林と加藤の対戦成績は、小林の54勝61敗。
写真=第17期棋聖戦第6局2日目朝 加藤(右)が封じ手を打ち下ろす。

第17期棋聖戦七番勝負第6局
(1993年)
白 九段 加藤正夫
黒 棋聖 小林光一
218手完 黒半目勝ち

【局面図】
【変化図1】
【実戦図】
【変化図2】