上達の指南
(1)古九段の柔軟なハサミ
(寄稿連載 2008/11/17読売新聞掲載) 誰しも「この局面ではこの手が当然」というように固定観念に縛られるものです。でも盤上は広い。かつては軽視されていた手が一躍、脚光を浴びるという例も少なくありません。
その中から、今年流行した序盤戦術を紹介しましょう。第1回は中国のトップ棋士、古力九段が得意とする手です。
【テーマ図】かつて右上白に対するハサミは黒イ、ロ、ハの順に多く、黒1の低いハサミは「変な所に挟んできたなぁ」という印象でした。なぜか、昨年まではほとんど見かけませんでした。
しかし、今年になって古九段が数局で打っています。ほかのハサミと比べても決して劣ってないと主張したわけです。力戦派のイメージが強いですが、柔軟な思考の持ち主でもありますね。
彼の影響で現在は最も人気があり、国内外で数十局は打たれているでしょう。井山裕太八段も韓国の李昌鎬九段も打っています。これほどの逆転現象も珍しいですね。
【1図】このハサミの一番の長所は、白が三々入りから隅をえぐった場合、黒Aよりバランスが良いことです。
【2図】白1の両ガカリには、黒2から8までの定石形に持ち込んで互角の分かれ。
【3図】白3で三々に入るのもよく見られますが、白は低く押さえ込まれ、厚い外壁を築いた黒に不満はありません。
【4図】黒△の高いハサミだと白3、5とくつろぐ余地がありますが、テーマ図の黒1は白5のスベリを許さず、白のさばきを制限する効果もあるのです。
相手にどう応じられても困らないこのハサミは、まさに「コロンブスの卵」。すぐには廃れそうもありません。
●メモ● 坂井七段は1973年4月生まれ。兵庫県三田市出身。小学1年の時、開業医の父から囲碁を習った。アマチュア時代は世界アマ選手権戦優勝など活躍。京都大医学部を卒業、医師免許を取得後、2001年9月に関西棋院でプロ入り、飛付五段。名人戦リーグは現在4期目。師匠は故・佐藤直男九段。