上達の指南

加藤充志九段の「今年この一手」

(1)悪手の常識を超える工夫

(寄稿連載 2013/11/19読売新聞掲載)

 序盤から工夫を凝らす碁が増えて、今年もハッと驚く新手、妙手がたくさん生まれました。その中から私が衝撃を受けた手を紹介したいと思います。
 年の初めの棋聖戦は、張棋聖に井山本因坊が挑戦して盛り上がりました。その第1局で、今まで打たれなかった大胆な手が飛び出したのです。

 【局面図】 黒模様をさらに広げたい場面です。ふつうは黒イとケイマするくらい。白2と受ければ、黒ロと下辺に構えていい模様になります。
 ところが、張棋聖は黒1と押したのです。白2と伸びられて悪いとされてきた手です。さらに黒3と愚直に押し続けました。固定観念に縛られない発想力です。白4のハネに、黒5と切って、これが初めからの狙いだったのです。

 【参考図1】 黒1とはねるのは白2とはね返され、いいことはありません。黒3には白4と押されます。こんなことなら初めから押したりしません。

 【実戦図】 白1は当然です。黒4の下がりを利かせ、6から8と上辺で治まりました。それから黒10とかけて右辺も盛り上げます。敵陣を荒らしてから模様に戻る絶妙な呼吸でした。

 【参考図2】 白1の抱えは黒の読み筋です。黒2の下がりから4の曲げを決めて、それから黒6と上から当てる作戦です。黒8の押しからぐいぐい決めつければ、黒模様のスケールは相当なものでしょう。大一番で思い切ったことをやるものです。

●メモ● 加藤充志九段は東京都出身。1974年8月生まれ。90年入段、11年九段。93年、日中スーパー囲碁に出場、4連勝で日本の優勝に貢献。2005年棋聖リーグ入り、08年まで4期連続在籍。10年復帰、11年まで在籍。06年にはBリーグで1位と同率の2位で惜しくも優勝を逃した。

第37期棋聖戦七番勝負第1局
白 本因坊 井山裕太
黒 棋聖 張栩

【局面図】
【参考図1】
【実戦図】
【参考図2】