上達の指南

小林覚九段の「今年この一手」

(2)気迫の新手で初タイトル

(寄稿連載 2010/11/30読売新聞掲載)

 ◆第35期碁聖戦五番勝負第5局 (白)七段・坂井秀至 (黒)碁聖・張栩

 坂井秀至さんがとうとうやりましたね。第35期碁聖戦五番勝負で張栩碁聖を3勝2敗で下し、初タイトルを獲得しました。関西棋院では実に29年ぶりのタイトルです。その後、結城聡九段が天元を奪取しました。"坂井効果"だと思います。今回はその五番勝負第5局からです。

 【実戦図1】 白16に注目です。新手ではないかと思います。

 【参考図1】 黒1のツケに白2と二間に開いた後、3年ほど前までは、黒3のブツカリから、白は下辺と左辺を開き、黒は隅で収まるのが定石の構えとされました。しかし今は白にスピード感があり、黒不満とされます。

 【参考図2】 その後、白黒双方に工夫があり、白4とこすむのがひとつの流れとなりました。ただ、黒9と挟まれると左辺の白2子は圧迫された感じです。

 【実戦図2】 そこで下辺の開きではなく、中央に向かって白16とケイマしたのです。黒はどう打つか難しい。張さんは黒17のカカリから三々に換わっていきましたが、白28までとなると白16が素晴らしい位置にいます。下辺の白3子は意外に攻めがききません。

 坂井さんは「こう打ったらどうなるだろう」と、日頃から考えていたそうです。それを大舞台で試しました。気迫です。彼は日本で一番勉強している棋士。打った時は、勝っても負けても、この手で行ってみようという気持ちだったでしょう。自分の勉強への自信が支えになったのだと思います。

●メモ● 小林九段は松本武久七段との天元戦予選最終盤で突然の投了。大石が死んだと錯覚したのだった。ところが大石には生きがあり、検討陣からは「どうしちゃったの」。実は松本七段も死んだと思っていたという。打ち続ければ半目勝負で勝敗は不明だった。「軽率なポカをするタイプなんです」

【実戦図1】
【参考図1】
【参考図2】

【実戦図2】