上達の指南

坂井秀至八段の「今年この一手」

(4)七冠引き寄せた一手

(寄稿連載 2016/12/06読売新聞掲載)

 囲碁界に有望な若手がどんどん育ってきています。余七段もその一人。台湾出身で、関西棋院の張呂祥六段門下です。今年は王座戦挑戦者となり、タイトル戦デビューを果たしました。惜しくも敗れましたが、いい経験になったはずです。僕らもうかうかしてはいられません。来年はさらに厳しく戦いを挑んでいく覚悟です。

 【局面図】白は右上と左上でうまく立ち回り優位に立っています。黒はコミの負担が重くのしかかっている形勢です。
 黒1(133手目)が井山棋聖が局面打開のために繰り出した勝負手です。黒1子を抜いた白に対する「壁攻め」のようなもので、驚くと同時に、話が少し遠いんじゃないかと思いました。

 【参考図】直前の△の堅ツギがどうだったか。Aのケイマがよかったでしょう。これなら白を攻める気にはなれず、井山棋聖は戦意を失っていたのではないでしょうか。

 【実戦図】黒3のフクレに白4のハネはお付き合いが過ぎました。黒17の押さえ込みまで、中央白の大石に食いつかれて局面は次第に紛れ、最後は井山棋聖の逆転勝ちとなりました。

 【変化図】白1とかけていたら、黒は身動きできなかったでしょう。
 それにしても井山棋聖の勝負勘には驚くほかありません。その後、十段を獲得し、史上初の七冠となったのはご承知の通りです。その意味では囲碁の歴史を飾った一手とも言えるかもしれません。

●メモ● この対局の時点で、井山棋聖は史上初の七大タイトル独占に、残すは十段だけとなっていた。余七段が優勢に進め、大記録は遠のいたのでは、と思われた時に勝負手は飛び出した。勝ちが見えていたはずの余七段が急に乱れ始めた。後日、井山棋聖は「負けを覚悟した一局でした」。

第54期十段戦挑戦者決定戦
白 七段 余 正麒
黒 棋聖 井山 裕太

【局面図】
【参考図】
【実戦図】
【変化図】