岡目八目

菊池康郎さん

菊池康郎さん

(1)プロ棋士も輩出「緑星学園」

(寄稿連載 / 2006.02.13読売新聞掲載)

 敬吾(山下九段)が棋聖戦の挑戦者になり、私も引き締まった気持ちで新年を迎えました。いきなり「敬吾」などと呼び捨てで失礼しましたが、緑星学園では全員名前を呼び捨てにするのが通例となっていますので、ご容赦ください。

 緑星学園の「緑」には若さ、「星」には希望という意味があります。

 現在、東京・東中野に約80名の生徒が通っていますが、尾山台教室、埼玉教室、ネット通信生を含め200名近い生徒がいます。

 学園は、プロ棋士を育てるだけのものではなく、囲碁に情熱を持つ若者なら誰でも歓迎なのです。一つの物事に取り組む姿勢を大事にし、人間形成を主眼にしています。ただし、プロを目指す者には道をつくり、環境づくりをしてあげるのです。

 ちなみにプロ棋士になった者は、第1号の竜一(村松七段)、青木兄妹(紳一九段、喜久代八段)、充志(加藤八段)、知親(溝上八段)、次郎(秋山八段)ら20人余りになります。

 緑星のルーツは昭和30年代、私が20代の頃の「緑星会」にさかのぼります。村上文祥さんや原田実さんらと若手の研究会をやっていましたが、やがてみんな社会人となり中断することになりました。

 昭和50年頃に再開し、当時は珍しい点数制の導入などもあり、一部プロも参加し、盛況を博しました。

 ある時、研究会もいいが中国の若手の躍進を見るにつけ、囲碁界の将来を考えたら、本気で若い人を育てなければいけないのではないか、と思ったのです。

 昭和54年5月6日、緑星学園が発足しました。

 当初は、大学生など身近な若手が主体でしたが、特にPRもしないのに伝え聞いて、1人2人と小・中学生の子供たちがやってくるようになったのです。当然、プロ志望者も出てきて、私も責任が生じ片手間ではやっていられなくなりました。昭和56年、30年近くお世話になった新日本製鉄を退社し、緑星学園に全力で取り組むことになったのです。

(緑星学園主宰)