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岡目八目

読売新聞 2006/03/06掲載
菊池康郎さん

(4)「1週間」で消えたプロ入り話(寄稿連載)

 昭和26〜27年ごろ、青桐社の岩谷泉社長が雑誌「囲碁」(現・誠文堂新光社刊)で、トッププロ対アマ3人の2子局を企画してくださいました。
 アマは福田了三さん、渋谷雪雄さん、私。私たちは負けたら終わりですが、逆に勝てば次も打ってもらえるというルールでした。
 私は1局目に宮下秀洋先生に勝って勢いがつき、連戦連勝。なんと10連勝したのです。打って頂いたトップ棋士は、坂田栄男、高川格、雁金準一、瀬越憲作、鈴木為次郎先生といったそうそうたる顔ぶれでした。
 秒読みに慣れていらっしゃらないので、後半逆転というケースが多かったようです。持ち時間は各5時間でしたが、木谷実先生は「6時間」でなければ、ということで6時間持ちで箱根で打って頂きました。
 最後は藤沢庫之助(朋斎)先生に4目負かされましたが、勝てば呉清源先生ということで、惜しいことをしました。
 このシリーズの中で、私の運命を左右する出来事がありました。実は、瀬越先生との対局は、岩谷社長が仕組んで私の人物を見て頂く面接を兼ねていたのです。その結果、八幡製鉄(その後、富士製鉄と合併、現在の新日本製鉄)の藤井丙午副社長に推薦して頂き、入社の運びとなったのです。
 ところが入社後、しばらくして岩谷社長から、「菊池君、プロにならないかね」と打診があったのです。おそらく日本棋院とある程度の話ができていたのかもしれませんが、八幡製鉄へ入社を勧めてくださった岩谷社長が、今度はプロにならないか、と。
 一瞬とまどってしまい、「1週間くらい考えさせてください」と答えるほかありませんでした。ところが1週間もたたないうちに、岩谷社長が脳出血で急逝されたのです。
 この瞬間、プロ入りの話は終局したのですが、もし岩谷社長から話があったとき、ノータイムで「お願いします」とご返事していたら、プロへの道を歩んでいたかもしれません。
(緑星学園主宰)
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