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岡目八目

読売新聞 2006/02/27掲載
菊池康郎さん

(3)ライバル「ポカの文祥さん」(寄稿連載)

  昭和26年、大学4年生になったとき、西の方から怪物が早稲田大学に入ってくるといううわさが聞こえてきました。なんでも、ものすごく碁が強いという。
 よし、ぜひ怪物退治をやってみようではないか、となりました。直接対決するには、このころ復活した関東大学リーグに参加するのが手っ取り早い。ところが、我が専修大学には囲碁部がなく、選手を探したものの、私のほかにたった1人。
 当時は1校7名ですから5名足りない。もう時効でいいでしょうが、5名は学校外の助っ人で、なんとか参加が実現しました。
 参加は12校で、私は10連勝で最終戦を迎えましたが、早稲田の怪物1年生も10連勝で、ついに対決となったのです。これが村上文祥さんとの出会いでした。
 私の白番で形勢は悪かったのですが、終盤、黒石が当たりになったのに文祥さん気付かない。しばらく時間を置いて、申し訳なく取ると、「アッ」と文祥さん。ポカの文祥さんとの出会いでもありました。
 これ以降、文祥さんとは生涯、公式戦で30局くらいは打ったでしょうか。最初のころは私が8連勝くらいしたのですが、昭和35年、第6回アマ本因坊戦の決勝で半目負けしてから文祥さんの連勝が続き、トータルではどっこいどっこいでしょうか。文祥さんとはかみ合わせがよく、内容の面白い碁となります。
 駄局というものがなく、よきライバルとして生涯お付き合いができました。ただ、「アッ」は直らず、時々お目にかかりました。
 文祥さんとはお酒もよくのみました。私も嫌いな方ではありませんが、文祥さんはあの巨体で、碁と同じくらい強かった。その巨体を担いで帰ったことも何回かありました。
 私がアマ碁界で長期間にわたって活躍することができたのも、村上文祥さんというよきライバルに恵まれたお陰です。
 先輩を差し置いて文祥さんは7年前に亡くなりました。生涯のライバルを失い、寂しさで一杯です。
(緑星学園主宰)
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