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岡目八目

読売新聞 2006/02/20掲載
菊池康郎さん

(2)碁歴74年「生涯アマチュア」(寄稿連載)

 「私は昭和4年生まれで、今年の8月に喜寿(77歳)を迎え、碁歴は74年になります。つまり碁を覚えたのが、3歳のときのようです。当然私には記憶がありませんが、父(武順)がそう言ったのを覚えています。
 父は東京・蒲田に住んでいましたが、ヘタの横好きでアマ初段くらいでしたか。碁敵を自宅に呼んでは碁会をやっており、見よう見まねで自然に覚えたようです。物心ついた5〜6歳、昭和10年頃といえばまだ子供が碁を打つという時代ではなく、よく一人碁を打っていました。黒、白を一人で打ち、Aさん、Bさん……と想像をしながら、トーナメント表などを作って一人で遊んでいたのです。
 私は体が弱かったので、母親が心配して「表で遊びなさい」と追い出すのです。友だちと鬼ごっこや隠れん坊をするのですが、ちっとも面白くない。こっそり帰ってきては、押し入れに入って一人碁です。ところがパチリパチリと音がして、バレてしまいます。そんな私を見て、父も母も「この子はよほど碁が好きなんだ」と、一人碁を好きなようにやらせてくれました。
 小学校に入ると、神田の古本屋巡りです。一軒一軒のぞいては「碁の本、ありますか?」。そんな中で和綴(と)じの打碁集を手にしたときの喜びは忘れません。何回も何回も並べているうちに、本がボロボロになってしまうほどでした。
 碁会所通いを許されたときの嬉(うれ)しさも忘れられません。日曜日だけでしたが、午前中からお弁当を持って、夜の9時、10時まで打ち続けです。碁会所があると聞くと無性に行きたくなり、近隣の碁会所はほとんど行きました。あるとき、こんな私を見て、席亭さんが「君はプロになりたくないか?」と言うのです。プロがどんなものか知らない私は、チンプンカンプン。
 配管工事の会社を経営していた父は、囲碁のような非生産的なことを職業にすることには絶対反対でした。「生涯アマチュア」はこの頃から定められていたのかもしれません。
(緑星学園主宰)
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