上達の指南
(8)大シチョウ読み切るプロ
(寄稿連載 2006/06/26読売新聞掲載) ◆第30期棋聖戦 第1局 (白)棋聖・羽根直樹 (黒)九段・山下敬吾
(選 小嶋高穂九段)
山下敬吾九段は結城聡九段との挑戦者決定戦で、苦しい碁を逆転勝ちしてリベンジのチャンスをつかんだ。第28期で挑戦者の羽根直樹天元(当時)に3勝4敗でタイトルを奪われてから、2年ぶりのリターンマッチだった。
本局はドイツのベルリンで打たれた。両者の対戦成績は挑戦者の18勝9敗と偏りがある。とりわけ2004年夏以降は挑戦者が5連勝中だが、解説の小林覚九段は「羽根棋聖はそんな戦績を気にしない。その精神力はしたたかだ」とし、「山下九段が開き直ることができるかどうかが勝負のカギ」と付け加えた。立ち会いの小林光一九段の見解は「本来は山下九段が有利と言いたいところだが、最近は調子が今ひとつで、互角の勝負」とやや異なっていた。
左上隅の定石の後、白がAの黒1子をポン抜いたのが立派な一手だったという。中盤で棋聖が強打を放ち、白がややリードしている。△と渡った所が名場面。黒イ、白ロ、黒ハと逃げ出す手が成立するかどうか。
現地の検討陣は深くは読んでいなかったようだが、局後、対局者は「黒が悪いです」と声をそろえた。変化図、50手を超えるシチョウを読み切っているのだから、プロとは恐ろしい。アマなら頭がこんがらがってしまうだろう。
実戦図、黒1のツキアタリが本手。白4から14となって形勢不明に近い。この後、棋聖はやや淡泊な打ち方をし、好局を落とした。山下九段は勢いに乗り、4連勝で棋聖位に返り咲いた。
小島九段「左上隅の定石、変化図、実戦図のAの逃げ出しと、この碁は三つのシチョウがおもしろい。アマの参考になると思って採り上げた」
(赤松正弘)
(おわり)
●メモ● 山下九段が棋聖位を奪還し、リベンジを果たした。2人の海外対戦は第28期第1局の米シアトル対局以来。30期の歴史で棋聖位に就いたのはわずか7人。一度失った棋聖位を奪還したのは趙治勲十段(7、8、9、18、20、21、22、23期)のみ。